どこまでマニュアル通りにやるか

企業が大きくなるとマニュアルを作りたがります。そのマニュアルに沿ってやっていればおそらくは間違いなく事が進むでしょう。
しかし、未来の予想は思いがけない方向に傾くことがあります。こちらが狙ったように事が運ばないこともあるわけです。

さて、こんな場面を定義してみます。
受付の順番待ちで、その受付カウンターはまず発券して、問診票を書き、次にその問診票を定位置に収めます。
すると受付担当が順番にお客さんを呼び受付していくわけです。

こういう時によくあるのが、順番間違いであり、呼び出した順番が飛んでしまうことがあります。気をつけて受付をしているようですが、思った通りには行かないこともあるわけです。
さて、二人のお客さんが受付しました。整理券を先に取ったAさんは問診票を書いています。後からBさんが来ました。同じように整理券を取り問診票を書きます。ところがAさんよりBさんの方が早く問診票を書き終わり、それを投稿場所に先に投函したわけです。
マニュアルでは、先にAさんの受付をしてそれが終わったらBさんと言う順序になっています。Aさんの受付をしている間はBさんは待ってもらうわけです。

自分がお客さんで行く場合、何か問題があって行っているわけですから一番の煩わしさは「待つこと」と僕は思います。受付に待ち時間がないのが僕の理想です。行ってすぐ診断、これが最適だろうと思うんです。ところが受付する人が一人であるならマニュアル通りにまずAさん、次にBさんが適当なのでしょうが、受付できる人が複数いた場合どうでしょう?

まず受付する側から考えると、まずAさんの問診票の投函を待ってBさんを呼び出す。マニュアル通りならこうです。ただしBさんは少し待ってもらう必要があります。この待つ時間はAさんが問診票を書く時間です。
次に受付してもらう側からでは僕はこう思います。例え順番通りであろうと、受付できるなら先に投稿した自分を先に見てくれと。

僕が思う最適解は、複数人、この場合なら二人受付する人がいるならAさんに「先にあちらの方が投函されましたので申し訳ありませんが、あちらから受付させていただきます」と断りを入れて、まずBさんを受付けて、問診票を書かれたAさんは別の受付する係が問診票を書かれたら即座に、受付する事でAさんBさん共に「待ち時間なく受付できる」と言うのを選択します。
AさんBさん共に待ち時間なく受付できるわけですから、お客さんにとって一番良い状態で受付できていると考えるわけです。

ただ、こういった現場にはこう考える人がいます。
例えばお客さんが整理券だけを持ってどこかに行かれてしまった場合、受付の順番的には先に受け付けているため「何で俺を飛ばすんだ」と言う人がいるかもしれないので順番は守りましょう。それがマニュアル通りの答えですと考える人がいるわけです。
しかし、僕はここにも反論があります。発券して、問診票を書いて投函すると言う決まりはきちんとして掲載されているわけで、その通りに行っていないお客さんを優先しても良いものかと。

正しい順序で受け付けして下さいと言うのを理解できなかった、あるいはちょっと携帯に電話がかかってきて外に出ている間に順番を飛ばされてしまった。こういう事はあり得る状況です。
僕は思うんです。書き方が分からなければ「聞く」事もできたでしょうし、外に出るのであれば「ちょと待ってて」と「言う」事もできると。自分の判断で正しい受付をしなかったから順番を飛ばされたと言う事で受付する方に怒ると言うのはいかがなものでしょう?
またそういう人を順番が先だからと言うことで優先するというのはサービス業としていかがなものでしょうか?

すでに正しく書いて待っていただいているお客さんもそこにはいます。放送で呼び出してもそれに気がつかなかった。と言うお客さんも中にはいるでしょう。

マニュアル通りにしても誰かに弊害が起こる場合がある。マニュアル通りにしなくても弊害が起こる場合もある。
未来というのは予測しきれないものです。それでも日夜どうすれば最適に受付する事ができるかを考えている人もいます。

答えは簡単です。お客さんが一番良い形で受付できれば文句なんてひとつも出ない。ただそれだけなんです。
マニュアル人間はここを忘れがちです。お客さんを待たせてもマニュアル通りに任務を遂行する。そして、マニュアル通りにしない人にこう言います。「マニュアル通りにして下さい」と。
併せてこんな事も言います。時間がかかるのはマニュアル通りにしないからだと。

僕はギターを弾き語れ!でギターの教本を題材にしてこう言います。ギターの教本通りにしてギターを弾けるようになる初心者は少ないと。
そしてこうも言います。ギターの教本を理解できるのはギター中級者以上であると。
マニュアルとは誰が見ても分かるように書いてはあるのですが、書いている人は直木賞作家でも何でもありません。その人のボキャブラリィで書かれています。初心者には説明が必要な単語も何の説明もなく、さもそれが当たり前のように書いています。
ギターの教本もそうです。これから始める人には難解な解説がつらつらと当たり前のようにでてきます。ギターの教本だけではなく、プログラムの入門、資格の問題集などなど。知識がないものにしては難しい書き方がしてあるのです。

マニュアル通りにできる人は、それが理解できているのでしょう。そういう人は教本で理解してギターが弾けるようになるかもしれません。
ただ僕はダメだったし、僕にギターを教えて欲しいと言う人もそういうのは得意ではなかった。大多数がそうだとは言いませんが、そういう人は多いのです。
百聞は一見にしかずと言うのはよく言った言葉で、何度も言い聞かせるより一度見せた方がより簡単に理解できるのは僕がギターを教えた人もそうでした。

山本五十六と言う人がいました。先の大戦の元帥で海軍大将、連合艦隊の司令官です。この人の語録にこういうのがあります。

やってみせ 言って聞かせて させて見せ ほめてやらねば 人は動かじ

まず自分が動き人を頼りにしない。そしてダメな所は修正して、それを試させる。そしてできたら誉めてやらないと人は育たないと言う事なんでしょう。
マニュアル人間に多いのは人に任せるくせに詳細を伝えない。何をどうして欲しいのかを言わない。分からなければマニュアルを読めと言う。
それが必ずしも悪いとは言い切れません。自主性を重んじるというのは大切です。しかしそれはある程度できるようになってから。

長々と書きましたが、マニュアルなんぞよりもお客さんの事を考えたら何が大切かわかるだろう?と言う事です。
自分がお客さんとして出向いた時、同じ事をされたらどう考えるか?なぜにこんな事がわからないのかが人間て不思議だなぁと思う次第です。

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